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北朝鮮の「準戦時状態」の拡大と隠れたポイント

これまでになく南北の緊張が高まっています。

今回は、砲撃戦がさらに拡大し、短距離ミサイルも発射されるかも知れません。戦争ぎりぎりの際どいところまでいくのではないかと思います。

北朝鮮は、非武装地帯(DMZ)で、韓国軍兵士2人が地雷で重傷を負う事件(8月4日)をきっかけとして韓国側が再開した非難放送と、韓国軍の砲撃への応酬として、前線地帯に「準戦時状態」を宣言しました(8月21日)。

この出来事の隠れているポイントは、北朝鮮が、どうしても韓国軍とアメリカ軍の年次合同軍事演習をやめさせたいということです。
war1.jpg
この米韓合同軍事演習は「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」と呼ばれ、今年も8月から実施されています。昨年の合同軍事演習では、初めて実戦で「機先を制する越境攻撃」を想定したものになっており、韓国に対する長射程砲攻撃に対応した訓練になっています。
この先制攻撃訓練は、2013年にコンピューターなどを利用したウォーゲーム形式で開始されており、その際に韓国軍の関係者は、「1時間に1万発を発射できる北の長射程砲は南北間の最も脅威的な非対称戦力」とし「有事の際、北が長射程砲を発射する前、これを無力化するための計画を昨年から立て、これに基づき最近訓練を実施した」と述べたそうです。

それまで、北朝鮮はとんでもない数の長射程砲を韓国に向けていることで、軍事的な優位に立っていたわけですが、これを無力化するための訓練が毎年着実に実施されていることで北朝鮮は焦りを感じているのです。

北朝鮮がどれだけ危険な国か示すための軍事行動をここらで一発、起こしたかったのでしょう。
「準戦時状態」を宣言することは、予定のうちだったに違いありません。
そのきっかけづくりが、8月4日の地雷事件です。

そもそも、非武装地帯(DMZ)で北朝鮮軍兵士が視線が合ったなどの理由で発砲するなどの行為はこれまでに突発的にあったものの、地雷を埋めるというのは計画的な行為です。誰が行ったかわからない点も重要です(今後の軍事発展の際に責任を回避できるという点で)。動機もなく、処罰されるかも知れないのに、一兵士が地雷を埋める訳がありません。

今後、砲撃やミサイル発射による威嚇は続くと思います。少しずつ少しずつ拡大させていくことでしょう。
本格的に反撃されないほどに。アメリカ軍が本気で軍事行動を開始するすれすれまで。
北朝鮮は触れてはいけない国だと、周囲が認識するまで。

ちなみに、前回、1993年2月に「準戦時状態」を宣言した際には、3月に核拡散防止条約からの脱退を一方的に宣言し、5月には中距離弾道ミサイル「ノドン」を日本海に向けて初めて発射しています。あらかじめ脅威を与えるための準備がされていることがわかります。

世界で、和平の声が高まってくれば、つまり喧嘩の前段階の襟ぐりのつかみ合いを周囲が止めに入ったところで、ようやく、「よっしゃ、許したろうか」と事を収める(もちろん、本気で殴りあうつもりはない)ことになるのでしょう。

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瀬戸際外交とは

某独裁国の外交政策や内政政策はわからない、という人が多い。
確かに、不可解で一貫性がないように見える。

でも、実はとてもわかりやすい首尾一貫した方向性があると思っている。
彼らの目的はただ一つ。

それは「時間稼ぎ」だ。

彼らが恐れているのは、他国による空爆をされること、他国に特殊部隊や暗殺者を送り込まれること、内乱が起きて独裁体制が崩れること、の三つだけといっても過言ではない。これらを避けるためだけに、国を動かしているに過ぎない。

自分の人生を無事に終えるまで、この三つが起こらないように年単位で「時間稼ぎ」をしているのだ。

例えば、日本人を拉致した事実を認めているのに彼らを帰さないのは、首都に彼らを住まわせていることを日本にリークして、首都を空爆させないようにしているという理由が最大のものだと思う。人間の盾の役割を持たせているということだ。また、日本に対して、拉致被害者の状況を調査する約束をしておきながら、回答をいつまでも引き伸ばして返さないのは、交渉中の状況を維持することによって、仮にアメリカとの関係が危機的な状況になり、空爆などの強硬手段を取ろうとしたときでも、日本が反対する立場をとってくれるからだ。

そう、交渉中でこちらにボールがあれば、相手が殴りかかってくることはない。

「時間稼ぎ」をしている間に、自国の核兵器を実用化することも大きな狙いだ。
核兵器さえ実用化できれば、外国から干渉されたり、侵略されたりする心配がなくなる。
核兵器を持っていることは、暗に誇示しないといけないし、ミサイルを打てるということも、見せておかないといけない。
ただし、急に明言してしまうと、逆に攻撃されるリスクが高まるので、少しずつ既成事実としていく。

この修羅の国で、幹部として生まれた幸運な立場を守り抜くために「時間稼ぎ」をし、生存競争を終えること。それが、すべて。

そのための内政政策は、仮想敵国を作り、戦争が近いという引き締め理由を作る。そのことにより、国民の怒りや敵対心を自分たちをではなく、国外に向けさせること。

そのための外交政策は、力のある国に「何もさせない」こと。交渉は、すべからく、友好的な態度で開始しながら、相手の失敗をあげつらい、だんだんと距離を置き、ぎりぎりの瀬戸際で振り向いて、何らかの可能性があるように振舞うこと。さらに、思いがけないことをして、できるだけ強い関心を引いたあと、期待をもたせる別な交渉を提案をしたり、担当者を入れ替えたりして新たな「時間稼ぎ」をすること。

わかってしまえば、こんなに首尾一貫した手の読みやすい政策はない。
つまり、彼らの交渉の目的は「いつまでも問題を解決させない」ということなのだ。

アメリカの原爆投下に対する考え方

アメリカ人に「広島・長崎原爆投下」について聞いた最新の世論調査によれば、「正しかった」と答えたアメリカ人は61%、「間違いだった」は22%、「分からない」「答えない」が16%となっている(クイニピアック大学が09年8月に実施した世論調査より)
さらに詳しく見てみると、55歳以上のアメリカ人で「正しかった」と答えたものはなんと73%。35歳から54歳までは60%、18歳から34歳は、50%と年齢が若くなるととともに原爆投下についての正当性は揺らいでくるのだが、まだまだ正当論者が幅を利かしている。
(産経ニュースのサイトより)


日本人にとっては、この数字はにわかには信じられない数字です。
なぜ、アメリカではあんなにも残酷で恐ろしい無差別大量殺戮をこんなにも大勢の人が肯定できるのか、と。

そこには、まったく理解しがたい溝があると感じます。
しかも、戦争直後の話ではなく、2009年の時点での調査結果ですからなおさらです。

これは、アメリカ人の感性の問題なのでしょうか?
それとも、文化や文明の問題なのでしょうか?
それとも、人間という種の問題なのでしょうか?

最近、この理由が見えてきたように思うのです。
その理由とは・・・。

※このカテゴリ「アメリカによる原爆投下 (18) 」は、2011年頃に書いたものを移植したものです。

アポロ月面着陸が偉大な成功の象徴であるように


大方のアメリカ人の歴史観の中では、アポロ月面着陸が偉大な成功の象徴であるように、原爆の投下が偉大な勝利の象徴となっているのではないかと思うのです。

ネバダ州ラスベガスにある核実験博物館の売店のお土産として原爆のキノコ雲のポスターが、月面着陸のポスターと並べて売られているのをTVで観ました。そこでは、核爆発の閃光、轟音、強風を模擬体験できるミニシアターもあります。
リトルボーイとファットマンのアクセサリーも売られています。

彼等にとって、原爆投下という出来事は、恐ろしい出来事ではなく、独裁国家や軍事国家によって始められた世界的な戦争の拡大を ビシッと止めた正義の行為らしいのです。

おそらく、アメリカ人の気持ちの底に流れているのは、正義のヒーローとして「悪の帝国」を完膚なきまでにやっつけたという自負と誇りなのでしょう。

この行為によって、第二次世界大戦が収束し、世界に平和がもたらされたと、彼らは考えているのです。

禍々しく、忌まわしい兵器


アメリカ人が原爆投下に伴ってまず想起するものとは、アクション映画のクライマックスシーンに近い快感なのではないかと思うのです。

彼らは、むしろ原爆が好きなのではないかと思います。
(おおっぴらに言わないだけで)

littleboy
fatman

日本人にとって、原爆の写真は禍々しく、忌まわしいものに映ります。
しかし、アメリカ人にとっては---。

突然ですが、あなたは「宇宙戦艦ヤマト」は好きですか?
「波動砲」の発射シーンにわくわくしませんでしたか?

例えば、宇宙戦艦ヤマトが、敵に追い詰められたギリギリの窮地の中、味方の隊員達が身を犠牲にすることで「波動砲」の発射が可能になり、敵に壊滅的な打撃を与えて大逆転するシーン。

あなたは「波動砲」が好きではありませんか?

武器への自己投影

別に波動砲でなくてもいいんです。
それが、スペシウム光線でもかめはめ波でも。

男の子好きなアニメで、新兵器や必殺技の出てこない作品はありません。たとえば、ガンダムやエヴァなどは存在そのものが革命的なテクノロジーを応用した新兵器です。

主人公が最強の武器(または必殺技)を手にし、それを使って、強敵を倒すというのが男の子の好きなコミックやアニメの典型的なストーリーです。

※    ※    ※

小さな男の子は、水鉄砲から始まる何丁ものピストルを大好きなおもちゃとして育つものです。

かつての日本では、刀が武士の魂とされたものです。

ニンゲンという種の男性は、自らの力を拡大させ、優位をもたらす武器というものが大好きなのです。これは本能なのです。

より強力な武器への欲望


「宇宙戦艦ヤマト」の「波動砲」は架空の武器です。
しかし、第二次世界大戦時に、モデルとなった戦艦大和は実在しました。

アメリカが、原子爆弾を開発していた頃、日本は、46センチ主砲3基を備えた史上最大の戦艦、大和を造ったのです。

片や最強の爆弾を造り、片や最強の戦艦を造っていたという訳です。
どちらも勝つための新兵器を欲していたのです。

甘美な勝利をもたらした新兵器

アメリカ人にとって、原爆とは、苦しかった正義の戦いに、この上なく甘美な勝利と平和をもたらした新兵器なのです。

[訳] 勝利! 日本降伏
[訳] 平和! 日本人は連合国の条件を素直に受け入れた

あなたが男性だとして、米国人から次のような質問を受けたとします。

あなたは宇宙戦艦ヤマトの波動砲の発射シーンが好きらしいが、あれは敵を殲滅するための最終兵器なのではないか。
原爆とどこが違うのか。どうして好きなのか。そこで敵兵が死んでいることを想像しないのか。

あなたはきっとこれらの質問を不愉快と思うだろうしなぜ、愛とロマンと正義に満ちた、素晴らしい物語にそのようなことを持ち出してケチを付けるのかと眉をひそめ、こう反論するでしょう。

相手が攻撃してきたから、それを抑えるために仕方なく応じて攻撃しているだけだ。巻き込まれたのだ。
それだけでなく、味方の尊い命を犠牲にして争いを終結させ、独裁者から人々を解放し、平和に導いたのだ。
こんなに価値のあることは世の中にないはずだ。
独裁者をやっつけなければ、もっと多くの人を殺した。
世界が悪に征服されてしまっていたのだ。

そもそも、「波動砲」で敵をやっつけるのは物語の中の架空の話であって、実際に人が死ぬわけでない、と。

アメリカのヒロイズム


アメリカ人にとって、原爆の投下によって日本の多数の市民が死んだことは、知識として理解しているとは思います。
そう、実際に人が死んだのです。物語ではなく。

しかし、アメリカ人にとって、原爆の投下によって戦争を終結させることができたことは事実です。勝利したのです。
そう、実際にヒーローになったのです。物語ではなく。

アメリカ人にとって、第二次大戦で「悪の帝国」を打ち破り、勝利したことは、日本人の想像をはるかに超える強烈な喜びをもたらしていたのだと思います。

まだ若かったアメリカという国家の性格を方向づけ、国民性を決定づけるほどの。

※    ※    ※

アメリカのヒーローものの映画のラストシーンは、日本の映画にはほとんどみられない、お決まりのシーンがあります。
それは、市民が大勢集まり主人公の活躍を賞賛するシーンです。
優勝パレードだったり、叙勲式だったりします。

アメリカ人の心の中には、第二次世界大戦で勝利したときの凱旋パレードの国家的熱狂が原体験として刻み込まれているのではないかと思っています。

アメリカの戦勝パレード

全体主義---ナチズム、ファシズム、軍国主義


真珠湾攻撃による太平洋戦争の勃発を遡る1年前のこと、日本は、ドイツ、イタリアと三国軍事同盟を結びました(1940年)。

総統ヒトラー率いるナチス・ドイツ。そして、ファシズムに染まったイタリア王国
軍国主義一色の大日本帝国は、彼らと枢軸を形成したのです。

アメリカから見れば、これら、ナチズム、ファシズム、軍国主義といった、個人の自由を否定し、国家の全体性を原理とする
独裁的政治形態は、自由の敵と映ったことでしょう。

これらの全体主義の国家は、自国の民族や国家を非合理に美化すると同時に、国内的には、一切の社会活動の暴力的統制を強行し、周辺諸国に対しては侵略的に振舞いました。

実際に、ナチスドイツは民族浄化を実行し、アウシュビッツで400万人以上のユダヤ人を虐殺していたことがわかり、この行為に世界中が戦慄しました。

※    ※    ※

アメリカは、連合国の中核メンバーとしてこれらの「悪の枢軸国」をやっつけ、侵略や圧政に苦しんでいた人々を解放し、世界を平和に導いたと考えているわけです。

連合国 対 枢軸国


1939年にドイツ軍の侵攻によって始まった第二次世界大戦は、1941年の日本軍に真珠湾攻撃されたアメリカの参戦と、これを受けた枢軸国ドイツ、イタリアのアメリカへの宣戦布告で本格的な世界大戦へと発展していきました。

世界は、連合国(イギリス、フランス、アメリカ、ソ連、中華民国など)と枢軸国(ドイツ、イタリア、日本など)に分かれた総力戦に入っていったのです。

やがて、戦況は連合国側が有利となり、1944年には連合国が史上最大の作戦と呼ばれるノルマンディー上陸作戦を成功させ、ナチス・ドイツを追い詰めました。
1945年にヒトラーはベルリンで自害し、ナチス・ドイツは崩壊しました。

敗戦の色の濃くなったイタリア王国では、責任を問われたムッソリーニが失脚。
最後にはパルチザンに銃殺されました。

アメリカにしてみれば、何十万人もの兵士の犠牲を払いながらも、独裁者ヒトラーと独裁者ムッソリーニを打ち倒したと考えているわけです。

最後の敵


枢軸国の中で、最後まで日本が連合国を相手に戦い続けていました。
(というよりも、一方的にやられていました)

日本は、本土爆撃で著しく戦争遂行能力を失っているのに、1945年のポツダム宣言による降伏勧告を無視していました。

アメリカの参謀本部では、日本への「九州侵攻」か「原爆投下」かで意見が真っ二つに分かれたそうです。

日本の軍部の強硬派は、この時期に至ってもなお本土決戦を掲げ、一億玉砕を唱えていたそうです。

アメリカは、沖縄戦での膨大な被害から、数十万人から百万人単位の犠牲者が出ることを予想し、上陸作戦を嫌がりました。

そして、原爆をヒロシマ、ナガサキへ投下します。
日本は、無条件降伏しました。

こうして、第二次世界大戦は終結しました。

アメリカの原爆投下に対する考え方 その2


アメリカにとっては、日本は、ヒトラーやムッソリーニの同盟国です。
突然に卑怯な奇襲をかけて来た、倒さねばならない敵です。

多数のアメリカ人は、正当化でも何でもなく、原爆の投下が当然の選択であり平和な世界をもたらしたと本気で考えています。

そう思ってアメリカ人の言動を考えると、すべて辻褄があうのです。

2010年8月6日の米国ルース駐日大使の広島平和記念式典出席に関連し、クローリー米国務次官補(広報担当)が次のように述べたそうです。

「われわれが謝罪することは何もない」

「米国は第2次世界大戦後の日本の復興を助け、敵国を信頼できる同盟国に変えたことを誇りに思ってきた」

「広島では、謝罪することは何もないが、戦争の影響を受けたすべての人々に配慮を示す」


謝罪しないのは、補償問題に発展するからとか、政治的な駆け引きだという意見もありますが、そうではなくて、アメリカは国家として自分たちが悪いとはほとんど思っていないと思います。

原子爆弾と真珠湾攻撃 その1


アメリカ人に原爆の話をすると、決まって
"Remember Pearl Harbor !"(真珠湾を忘れるな!) と言います。

日本人の感覚では、原爆と真珠湾攻撃はあまり関係ありません。
しかし、アメリカ人からすると、そうではないようです。

原爆を投下された日本人の激烈な悲しみと怒りをアメリカ人がよく知らないように、
真珠湾を攻撃されたアメリカ人の激烈な悲しみと怒りを日本人はよく知らないようです。

おそらく、日本人がヒロシマ・ナガサキの被爆の惨状について接する情報量を100とすれば、米国人は1くらいなのだと思います。
おそらく、アメリカ人が、真珠湾攻撃の惨状について接する情報量を100とすれば、日本人は1くらいなのだと思います。

まず、双方がお互いのしたことをきちんと理解すべきでしょう。

原子爆弾と真珠湾攻撃 その2


真珠湾攻撃が、当時のアメリカ社会にどれだけ多大な衝撃を与えた出来事であるか、似たような出来事である9・11同時多発テロと比較してみると参考になると思います。

9・11同時多発テロの死者数は2,993人、不明者は24人。
真珠湾攻撃の死者数は2,402人(戦死2,345人、民間人57人)。 真珠湾攻撃の犠牲者数は、9.11同時多発テロに迫るものです。

そして、米国本土に対する突然の奇襲攻撃という点が共通しています。
米国が、本土に直接攻撃されたことは、史上この2回のみです。
どちらも、米国民は激昂し、怒涛の勢いで国の総力を挙げて報復戦を始めました。

多くの日本人から見ると、真珠湾攻撃というは、幾つもあった勇ましい軍事作戦の一つという程度の認識しかない出来事ですが、
それまで戦争に参加していなかった平和なアメリカからすると、突然の卑怯な手を使った許しがたい侵略と感じたのではないでしょうか。

※    ※    ※

荒くれた西部開拓時代を体験した彼らにとって、やられたらやりかえすのが常識です。
拳銃による正当防衛が当たり前に認められた社会です。

アメリカ人からすると、最初に本気で殺ろうとしてきたのは日本、という意識が強烈にあるのだと思います。

その後の戦力ダウンを狙って軍港にいた空母や戦艦を沈めにきたのですから、以降の戦争を見据えた攻撃です。

アメリカにはやらなければ、やられるという危機感があったはずです。

※    ※    ※

例えば、現代の日本で想像してみるなら、ある独裁国家から突然発射されたミサイルで航空自衛隊基地が破壊され
何千人かの犠牲者が出た、と想像してみるとよいと思います。

アメリカが問題にしたいこと


日本は、常に、非人道的な大量殺戮兵器を使ったことを問題にしているのです。
アメリカは、常に、戦争という行為を起こしたことを問題にしているのです。

きっと、アメリカ人に言わせれば、戦争で人が殺し合いをするときにその方法の是非を論じるのはあまり意味がない、と言うことでしょう。爆弾で殺すのならよくて、原爆で殺すのならよくないのか、と。

お互い、たくさん人が死んだ。それは、日本が戦争を起こしたからだ、と。
もし、日本が真珠湾攻撃を仕掛けなかったら、日本人はもとより、アメリカ人も、その戦争で誰一人として死ぬことはなかった、と。

そして、こうも言うことでしょう。同じ兵器を持っていれば、日本もアメリカに対し、使っただろう、と。

日本の原爆開発---ニ号研究、F研究


事実、原爆を開発していたのは、アメリカだけではありませんでした。

日本でも、ほぼ同時期に原子物理学者が動員され、軍部による原子爆弾の開発が進められていたことが明らかになっています。
帝国陸軍によるニ号研究、そして帝国海軍によるF研究です。

日本の原子爆弾開発 - Wikipedia

もし、日本が先に原子爆弾を開発していたら、果たして歴史はどうなっていたのでしょうか。

アインシュタインと原爆


アメリカが原爆の開発に乗り出した一因は、アインシュタインがルーズベルト大統領に原爆開発を勧める手紙を書いたためです。

そこには、ナチス・ドイツの核エネルギー開発の事実を示唆する指摘がありました。
アインシュタインは、ナチスドイツの迫害から亡命してきたユダヤ人でした。

彼は、相対性理論の論文の中で、物質の質量はすなわち莫大なエネルギーであるという次の数式を示したのです。

E=mc2



質量(m)に光の速度を2乗した値(C)を掛けると、物質に秘められたエネルギーが計算できるのです。

原子爆弾とは、この理論を応用したもので、核分裂反応を起こさせることで原子核内部の核子の結合エネルギーを解放するために起こる熱反応を利用したものです。

晩年アインシュタインはこう述べています。

「私はひとつ大きな間違いを犯してしまった。ルーズベルト大統領に原子爆弾を作ることを勧めた手紙に署名したことだ。」



アメリカの原爆開発---マンハッタンプロジェクト


アメリカは、ナチスドイツが原爆を開発しているという怖れを持っていました。彼らが先に原爆開発に成功すれば、世界中がヒトラーの手に陥ちるかも知れないと。

ナチス・ドイツに先に原爆を開発されれば、世界は悪の帝国に、支配される。アメリカは、総力を挙げて極秘プロジェクト「マンハッタンプロジェクト」を推進しました。

マンハッタン計画には、およそ12万人の科学者・技術者が動員され、約22億ドル(約103億4千万円、当時の1ドル=4.7円)という
当時の日本の国家予算を上回る巨額の開発費が掛けられました。

アメリカは、彼らの正義の実現のために、祈るような思いで国家総力を挙げて、原爆を開発していたと思います。

アメリカは、ナチス・ドイツを壊滅させた数か月後、近代科学の粋を集めた兵器、原子爆弾を開発することに成功しました。

アメリカは通告をした後、日本の軍事都市ヒロシマとナガサキに二発の原爆を投下しました。

その威力はすさまじく、二都市は壊滅しました。

究極の兵器によって、戦争を終わらせたのです。

アメリカの誇り


おそらく、アメリカは戦争を終わらせたことに この上ない誇りを持っているのです。

彼らに言わせれば、平和を作り出したということに。

侵略戦争の愚かさを日本に知らしめたと、思っているでしょう。
その後、日本はアメリカの統治下で戦争を放棄する憲法を持ち、建前上は軍隊も持たず、唯一の被爆国としてこの上なく強く平和を希求する国になりました。

周辺アジアへ諸国への侵略を繰り返していた軍国主義国家は、180度方向転換し、平和で民主的な国家となったのです。
経済復興にも成功し、一気にGNP世界第2位まで躍り出ました。

かつての敵も、いまや、経済的にも軍事的にもよくいうことの聞いてくれる信頼のおける盟友国です。

多くの兵士、市民の愛国的な犠牲と、敵から逃れてきた天才科学者の理論で作り上げた未来的な兵器によって、軍国主義的な国家中枢を見事に降伏させることで、国民がロボットのように洗脳され、カミカゼ人間兵器にされたり、総ハラキリをさせられかねなかった状況から解放し、真の自由と平和と繁栄をこの国にもたらしたと感じていることでしょう。

まるで、よくできた映画のように何もかもうまくいった喜びをアメリカは日本に対し感じていると思います。

何百万人もの日本人の命を救ったという言葉の意味


2007年7月、米政府のロバート・ジョセフ核不拡散問題特使(前国務次官)が広島・長崎への原爆投下についてこう発言しました。

「原爆の使用が終戦をもたらし、連合国側の数十万単位の人命だけでなく、文字通り、何百万人もの日本人の命を救ったという点では、ほとんどの歴史家の見解は一致する」



この発言に対し、何を根拠に原爆が何百万人もの日本人の命を救ったのか、という人が大勢います。あれだけ大勢の命を奪っておいて、それが人の命を救ったとするのは何事か。正当化もはなはだしいのではないか、と。

私が思うにこういうことです。

彼らが言っているのは、もし原爆を使用しなかったら、そのまま日本人を何百万人も殺し続けるつもりがあった、ということです。
「救った」という意味は、「殺さなくて済んだ」という意味です。

当時、ベトナム戦争で使われることになった枯葉剤を日本の主要都市周辺の水田に撒くという軍事計画があったそうです。

その計画が実際に実行されたら、それでなくても食糧事情が極度に悪化していた日本では、実際に何百万人も餓死したことでしょう。

日本の和平活動


政治家の麻生太郎氏が、外務大臣から内閣総理大臣だった時代に、中東、パレスチナ・ガザ地区に和平をもたらすために、奮闘したようすをProject X 風にまとめた動画です。

特定の政党や政治家を持ち上げるつもりはないのですが、信念を持って和平活動に尽力する様子は素晴らしいと思いました。



日本の力を、外交を通じて少しずつでも平和のために役立てていけたら本当に素晴らしいことだと思います。

※2011年頃に書いた記事を移植したものです。

アメリカとアラブ社会


アメリカとアラブ諸国の対立は、文明の衝突という説がある。
いや、少なくてもいまに至ってはそうではないだろう。

アメリカが恐れているものは、軍事力の圧倒的優位が崩されることだ。
アメリカが狙っているものは、アラブの豊富な原油資源だ。

なぜ、そんなに石油が大切か。
原油がなければ、世界最強の軍事国家は成り立たないからだ。

海軍の原子力空母や原子力潜水艦などの大型艦は別として、
戦車やジェット機は原油から精製される各種燃料がないと動かない。

燃料がなければ陸軍と空軍のほとんどの兵器はガラクタになる。
アメリカは海軍だけの国家になってしまう。

それが怖いのだろう。

※2000年頃に書いた記事を移植したものです。

反核おばさん


アメリカのホワイトハウスの正面の公園に、一見ホームレスと身間違えるような女性が生活しているという。

しかし、その女性は、明確な意志と目的をもってそこにいる。
彼女は、核兵器廃絶をホワイトハウスに訴えているのだ。

広島・長崎の写真を貼った立て看板をつくり、24時間そこで身を呈して人々に核兵器廃絶を訴え続けている。
---1981年から、20年近くその活動を続けてきたという。

彼女の名前は、ビシオットさんといい、今は50代だ。
アメリカの軍拡を憂慮し、ロビー活動を行ったが限界を感じ、家財道具一切を売り払ってこのような生活に身を投じたという。

過去には、ホワイトハウスからの嫌がらせも受けたという。
それでも、人々に署名を求め、パンフレットを渡して、反核をずっと訴え続けてきた。

その行動には頭が下がる。核兵器廃絶に対する真剣な思いに胸打たれるものがある。人はかくあるべきという姿を貫いている。
感銘を受けるとともに、考えさせられる話だ。

※2000年頃に書いた記事を移植したものです。

放送局と戦争


韓国に旅行して驚いたのは、ホテルに泊まった際、日本のあるTVチャンネルがそのまま見れたことだ。
どうりで日本語があちこちで通じる訳だ。
日本文化は韓国政府によって原則禁止されているが、実態はかなりオープンらしい。

先日、ユーゴのTV放送局がNATOによって空爆されたが、プロパガンダを流す放送局は今後、あらゆる戦争で常に重要な攻撃目標となるだろう。
マスコミをコントロールする情報戦が戦いの大きな要因となってきている。

もし、北朝鮮が韓国に進軍し領土を拡大すれば、日本の放送局も安泰ではいられないかも知れない。

独裁政権にとって、国境を越えて流れてくる放送というものは最も危険視しなければいけない存在であるから。

そのときは、対岸の火事とは行かないかも。

※2000年頃に書いた記事を移植したものです。

人間の矛盾


なかなか出ない袋小路に入り込んでしまった問題があった。
インド、パキスタンの核所有の問題である。

日本はアメリカの核の傘に守られている。実際、アメリカの内政が乱れれば、日本はすぐに侵略されるだろう。核の傘に守られている日本が、インド、パキスタンの核所有に反対、というのは偽善的だという発言も、反論が難しい。

インドかパキスタンの子供がこう発言していた。日本も核を持っていれば、原爆を落とされなかったでしょう?----たしかにその通りだろう。
いまの日本は、核に反対と口で言っていても、実際は核武装しているのと同じで行動が伴っていない。

核がすべて無くなるのが理想的な回答だが、それはすべての人間が善人だと信じてNYの夜道を女性が独りで歩くようなものであって、現実的ではない。残念なことに。

世の中には解決の難しい問題が多い。それらは、きっと人間存在そのものからくる矛盾に根差しているのだと思う。善と悪、博愛精神と弱肉強食、愛と憎しみ、聖と俗。

ああ、矛盾、矛盾。

※2000年頃に書いた記事を移植したものです。いまはNYの夜道もそれほど危険ではないようです。

喉元過ぎれば


ワールドカップ予選決勝の前は、「フランスに行こう!」の大合唱があったが、少し前のシラク大統領のフランスの核実験のときには、フランス製品不買運動があれだけ盛り上がったのに、と思いませんでした?

※2000年頃に書いた記事を移植したものです。1995年から起きた日本でのフランス製品不買運動と、2002年FIFAワールドカップ予選に関する話です。

攻撃目標としての原子力発電所


原発には反対。なぜか。有事の際に格好の攻撃目標になるから。
原発を破壊すれば、核をもっていなくても相手国を壊滅できる。

たとえば、新潟の原発が潜入した工作員によって爆破されれば、首都圏停電による大パニックが起き、もともとリスク管理能力の低い日本の政治は大混乱に陥る。
自衛隊の戦力は、指揮系統が乱れ、機能しないだろう。

パニックから回復できても、その後に、米の生産の壊滅的な打撃と、日本海近海の汚染による漁獲量の激減が長期の食料危機を招く。

いったん侵略されてしまえば、多数の死者が出るのだから、そのような事態を招かないように十分な注意を払わないといけないと思う。

このような理由で原発には反対。電力確保が問題だけど。

※2000年頃に書いた記事を移植したものです。

劣化ウラン弾


劣化ウラン弾の武器としての特長は、その並外れた硬度にあるという。
太古の昔から、人間はより固いものを手にした者が争いに勝つという原則は変わらないらしい。

※2000年頃に書いた記事を移植したものです。

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